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【寄稿ブログ】 早慶戦から考える大学スポーツと愛校心

早慶は寄付金収入のトップ校

大学にとって卒業生が大切な存在であることに異論を唱える人は少ないと思います。「愛校心」を持ち、「人脈(産学連携、就職)」「金銭(寄付金)」など様々な面から大学を支援してくれる卒業生の存在は、何者にも代え難いからです。

卒業生の「愛校心」を測るための一つの数値指標として、「寄付金」が挙げられます。今年度の東京六大学野球秋のリーグ戦は、優勝をかけた早慶戦で幕を閉じました。そこで、この六大学のうち、東京大学を除く私立5校の「寄付金」の規模を、各校の公開情報をもとに比較してみました。

東京六大学(東大を除く)の寄付金収入の比較

【出所】 各校「資金収支計算書」

大学の学生数を考慮せずに、単純に5年間の平均額で比較すると、学校法人慶應義塾(87.3億円)が突出しており、学校法人早稲田大学(34.4億円)がこれに続きます。伝統があり愛校心が強いとされる東京六大学の中でも、これら2校と他の3校との寄付金額には大きな差があるのです。それでは、慶應と早稲田は、なぜ多額の寄付金を集めることができるのでしょうか。

早慶にとっての「日常」は、世間にとっての「異常」

筆者の仮説ですが、愛校心は「学生時代の良き思い出」が存在することによって形成されると考えられます。嫌な思い出しかない学校には愛情を抱くことは難しいでしょう。しかし、日常の大学生活において、早慶と他の大学との間に大きな差があるとは考えにくいのです。どの大学も、充実した教育環境を提供するためにさまざまな工夫を行っています。

それでは、早慶と他の大学の違いは何でしょうか。その答えの一つは、早慶戦という一大イベントにあるのかもしれません。明治時代から続くこの伝統的な対決は、単なるスポーツ観戦を超えたものと言えます。

今年の夏の甲子園で、慶應高校が優勝し、話題となりました。球場を埋め尽くすファンの熱狂的な応援が「過剰」とマスコミから批判されました。テレビニュースでもこの現象が取り上げられ、慶應の応援スタイルが全国に知れ渡りました。しかし、世間から見ると「異常」と評されるスタイルは、慶應の学生や卒業生にとって、早慶戦での「日常」に過ぎません。

早慶戦の凄いところは、スター選手が不在でも多くの学生や卒業生が集まることです。今年のドラフト会議で両校とも指名選手を輩出しましたが、ハンカチ王子のように、個人で多くのファンを引き寄せる選手がいたわけではありません。2023年の秋シーズンには、優勝がかかった早慶戦の魅力もありましたが、収容人数約3万人の神宮球場に10月29日(土)に2万7000人、30日(日)に2万8000人の観客が押し寄せたのです。

筆者自身も卒業生の一人として、神宮球場に足を運び、母校の応援をしてきました。通常、「応援席」と呼ばれるエリアは現役の学生が中心で、「一般席」で観戦している人たちの多くは卒業生及びその関係者と思われます。卒業生たちは、「応援席」を眺めながら、応援部の指揮下で一心不乱に学校名を連呼し、応援歌を合唱した学生時代を回顧しているのです。

【写真】 早慶戦 2023年10月29日 筆者撮影

早慶戦で「自己肯定感」を味わい「愛校心」を育む

卵が先かニワトリが先か、という論争ではありませんが、「愛校心」があるから早慶戦に行く人たちがいる一方、早慶戦への参加を通じて「愛校心」が芽生えた人たちも数多く存在します。筆者は、後者のメカニズムを「自己肯定感」というキーワードで説明できるのではないかと考えます。自己肯定感とは、実用日本語表現辞典によると「自分のあり方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉」です。

ライバル校との対戦を通して、大学の一員であることの素晴らしさを「無条件」で分かち合える早慶戦は、「自己肯定感」を向上させる絶好の機会です。甲子園で高校野球を応援し、母校への愛を爆発させる高校生たちと同じ経験を、年に2回、希望すれば誰でも味わうことができます。これは早慶の学生特有の特権なのです。

慶應の学生にはさらなる特権があります。東京六大学野球は、2勝したチームに勝ち点が付くため、土日の2試合では決着が付かないことがあります。早慶戦が第3戦にもつれ込むと、慶應の学生は月曜日の授業が休講になります。まさに、大学全体が「自己肯定感」を後押ししているのです。

学生たちは球場に足を運ぶ中で、「自己肯定感」を味わい、幸福感を得ます。その結果、「愛校心」が芽生え、その評判が広がり、輪が拡大していきます。そして、結果として卒業後の支援(例えば、寄付金など)に繋がるのです。

ライバル校同士の対戦は、必ずしも強豪校だけのものではありません。アメリカの大学では、アメリカンフットボールの強豪校同時の試合がプロフットボールに匹敵するほどの人気を誇る一方、中小規模校同士のライバル校対決も多くの観客を引き寄せています。スクールカラーのTシャツを着た学生たちが、「愛校心」むき出しの熱烈な応援を繰り広げるのです。

先行事例に学びながら、学校と学生・卒業生の双方にメリットのある関係を築くために、早慶戦のようなイベントを開催することに、大学全体で取り組んでみるのはいかがでしょうか。その価値は十分にあると思います。

宮田雅之 東京保健医療専門職大学 教授
https://www.tpu.ac.jp/department/professor/3206/